1966 年に開館した長野県信濃美術館、その本館は2017 年に美術館としての役割を終えた。半世紀を超えてそこに立ち、 見続けられてきた建築が取り壊される。
 竣工当時の美術館の姿を留めた写真がアルバムに残されていた。モノクロームのバライタ紙に焼き付けられたそれらの像は、力強いパースペクティブと硬質な明暗により、あたかも一つの彫刻のようであった。記録を目的としながらもそれらの写真は、この建築の見られるべきとされる姿、その理想像だけを残そうとしているようにも、私には思えたのだ。
 ある日、私はカメラとともに美術館の屋根に登った。HP シェル(双曲放物面シェル)と呼ばれる特殊な工法によって、離れた位置から見れば、滑らかなアーチを形作るその屋根は、この建築における外見上の最も特徴的な部分であった。
 夕暮れの逆光によってその表面には、肌理とも呼ぶべきものが立ち現れていた。そこに刻まれた傷や隆起する表面は、この建築が時間の流れの中に、一個の身体として存在してきたことを証明しているように思えた。
 身体が、過ぎ行く時間の中で、精神を在らしめていると想定してみる。屋根も、窓も、閲覧者用の椅子も、そのどれもがこの美術館を形作り、美術品鑑賞のための空間というその在り方を支えてきたのだろう。そしてどれもが、みな等しく、それぞれの時間をその身に刻んできた。公的な記録においては、余白に記され、時に数字へと還元されてしまうような、そうしたものたちは、確かにそこに在った。​​​​​​​
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